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2006年10月26日の1件の記事

2006年10月26日 (木)

稲架木に込められたもの。

日本シリーズ。いや~日ハム優勝ですか~おめでとうです!

北海道盛り上がっていることでしょう。高野の駒大苫小牧といい、最近の北海道野球は上り調子でイイですね~経済効果も抜群でしょう!

この勢いに乗って、名選手を育んだ「苫小米」とか、「五穀SHIN穣米」とか出てきたら面白いですね~(^^)ジョークジョーク。

さてさて、実は日本シリーズと集落営農.....深い結びつきがあるのです(かなり強引ですが)。

今回の日本シリーズで行ったセレモニーの中に、バットの原料になる「アオダモの木」の植樹祭が各地で行われたようです。アオダモの木は生育が遅くて、生産も減少しているようです。とっても堅い木です。

そう、この「アオダモ」が集落営農と深い結びつきがあります。

さらに話を掘り下げると.....アオダモは、元祖「はざかけ」に使用していた木のようです。

「はざかけ」とは、はざ木と呼ばれる木に刈り取った稲を束ね、穂を下にしてかけて天日乾燥する作業のことです(山間の場合は栗の木を使うようです)。稲を架けると書いて「稲架掛け」と書くようです(言い方は全国各地様々)。コンバインや乾燥機が普及する40年代以前には全国の農村で見られた風光明媚なものです。今でも我が地域はありますが.....。

稲架かけに使うアオダモの木.....通称「谷地ダモ」とも言い、また「タモ」は「田面の木」とも言うそうです。そう、稲作文化が伝わった時代、当時の水田は水路などの灌漑施設など無い時代ですから、水辺に近いところにありました。山間の谷を切り拓いた谷地や河川の下流に発達した湿地など.....その谷地の田面に植えた木がアオダモだったのです。

アオダモは水田周辺の緩んだ土地を支え、そして、間伐した木を稲架木として使用したのでしょう(推測)。

こうして出来た田面の周りに集落ができあがりました。

炎天下の農作業の合間、稲架木の下で暑さをしのいだり、おそらく、子供達もその下で遊んだり両親の姿を見ていたのでしょう(推測)。

そう、稲架木(アオダモの木)は稲を架ける木だけでなく、集落の架け橋でもあったのです。

今はその風景も少なくなったようですが、米どころ新潟県にはまだその風光明媚な農村風景が残っているようです。是非とも言ってみたいものです。

当時、集落みんなの協力で「稲架かけ」を行ってきたのが当時の集落営農です。というより「結いの精神」ですね。

その後、時代と共に農業機械の導入が進み、いつのまにか結いの精神(助け合いの精神)が薄れていったのも事実です。

あれから40年。

日本ハムが日本一になったのは44年ぶり。

その当時はまだ、結いの精神が受け継がれていたことを考えると、日ハムの優勝までの道のりは本当に大変なものです。

忘れかけていた優勝.....忘れかけていた結いの精神。

架け橋となった「稲架木」.....「アオダモ」。

集落の架け橋だった「稲架かけ」を、集落営農の力で復活させるのも、結いの精神を復活させる手法かもしれません。

ちょっとまとまりませんが、集落営農との深い関わりです。

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